中西麻耶(陸上)引退表明から復帰した美人アスリート!経歴や記録まとめ

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こんにちは!
 
夜型から朝型へ、
生活スタイルの変更にチャレンジ中の Jakewonder です!
 
オリンピックと共に開催される パラリンピック
日本からも多数の選手が参加、
リオパラリンピック出場に向けて多くの障害を持ったアスリートが最終予選に挑んでいます。
 
その中の一人、
今回はこの人に注目してみたいと思います。
 
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中西麻耶(なかにし・まや) 選手。
100m・200m・走り幅跳びで北京とロンドン2大会連続でパラリンピックに出場 し、
一度は引退を表明しながらも復帰、
リオオリンピック、
さらにその先の東京オリンピックも見据えている義足のアスリートです。
 

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中西麻耶の経歴!テニスから陸上へ転身

 
中西選手は1985年6月3日生まれ。
大阪府で生まれ、
大分県で育ちました。
 
中学校から テニス(軟式) を始め、
高校は地元の 明豊高校 に進学。
ソフトバンクの 今宮選手など多くのスポーツ選手を輩出している地元大分のスポーツ名門校ですね。
高校在学時はインターハイや国民体育大会などに出場するなど活躍しました。
 
高校卒業後は地元の塗装会社に就職し、
仕事の傍ら2008年の チャレンジ!大分国体 への出場を目指していましたが、
2006年9月、
仕事中に倒れてきた5tの鉄骨に右足が下敷きになり大怪我。
接合か切断かの判断を迫られるも、
「スポーツをやり続けるために」膝から下を切断 しました。
 
女性ですので特に、
切断することには周りの反対も大きかったそうですが、
一生スポーツをすることを優先 した中西選手。
この覚悟はすごいですよね。。
 
もともとはリハビリ後テニスに復帰するつもりでしたが、
テニスは前後左右、
あらゆる方向への動きが要求されるスポーツ。
義足でそれができるようになるために、
まずは 前へ進む動きを学びたい ということで陸上競技をやり始めたそうです。
実際にやり始めたところ、
その面白さにはまってしまったとのこと。
ご自身曰く「やろうと思ったことはとことん極めたくなるタイプ」だそうで、
本格的に陸上競技に取り組むことになります。
 
2007年10月にはなんと 100m・200mの日本記録を更新
2008年には 国際A標準記録も突破 し、
北京パラリンピック に出場。
100mで6位、
200mで4位入賞を果たしました。
 
競技開始からわずか1年半 でのパラリンピック出場、
しかも入賞。
もちろん血のにじむような努力があったのでしょうが、
これはまぎれもない才能でしょうね。
 
2009年には 走り幅跳びでも日本記録を更新 しました。
 
2012年には ロンドンパラリンピック に出場。
100m・200mは予選を通過できませんでしたが、
走り幅跳びで8位入賞。
 
ロンドンパラリンピック後に一度 引退を表明 しますが、
周囲の説得もあり 競技復帰 を決意。
 
その後、
走り幅跳びにおいて アジア記録を次々と更新 しています。
 
現在の自己記録は、
100m 13秒84
200m 28秒52(日本記録)
走り幅跳び 5m51(アジア記録)

 

中西麻耶 走り幅跳び躍進の理由は?

 
100mも200mも素晴らしい記録ですが、
走り幅跳びに関しては特に目覚ましい躍進がみられます。

 

 
実は中西選手、
北京オリンピック終了後渡米、
サンディエゴのオリンピックトレーニングセンターで特別トレーニングを受けていた
のです。
 
しかしトレーニング半ばにして コーチが突然いなくなる という困難が。
どうしようかと思っていたところへ陽気な黒人男性が話しかけてきて、
言葉はわからなかったがニコニコしていたら、
ある日「10時」「トレーニング」と書かれた紙を手渡されたとのこと。
 
その人こそ、
ロザンゼルスオリンピック三段跳び金メダリスト 、
アル・ジョイナー 氏。
 
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短距離の女王、
フローレンス・ジョイナーのご主人 としても有名なこの名コーチの指導で、
メキメキと実力を伸ばしていったようです。
 
アル・ジョイナー氏との出会いは全くの偶然だったとのこと、
中西選手、
天をも味方につけていますね!
 

中西麻耶の特徴 資金集めへの挑戦

 
障害者スポーツに関して、
年々理解は深まり日本政府の援助の機運も高まっているようですが、
まだまだ個人個人の活動費は不足しているのが実情。
 
中西選手も、
自費で出場しなければならない 世界選手権を費用面での問題で辞退 したことがあります。
 
そんな資金面での問題を解決するため、
2012年には思い切った手段に出ました。
 
セミヌード・カレンダー の発売。
日本人の現役アスリートとしてはかなり異色の手段ですが、
このカレンダーは 9000部 を売り上げ、
結果ロンドンパラリンピックまでの費用を賄えたそうです。
 
また web等を通じてのスポンサー集め も積極的にやられています。
 

 
2015年の世界選手権出場のためのスポンサー募集動画コメント。
こちらも功を奏し、
無事世界選手権に出場できたそうです。
 
こういった動きには渡米時に資金面で困難に陥った時にアル・ジョイナーさんから
「もうお前はプロなんだから、スポンサーを取る努力をしろ」
と助言を受けたことが大きく影響しているそう。
 
こういう前向きな努力をして夢を実現させている中西選手の姿は、
同じ境遇のアスリートに大きな夢と希望を与えています。
 

中西麻耶の目標 リオそして2020東京も!

 
まだ正式な決定は出ていませんが、
アクシデントでもない限りリオパラリンピックへの中西選手の出場はほぼ間違いないでしょう。
 
それどころか中西選手は、
2020年東京オリンピックへの出場、
そしてそこで世界記録を樹立すること
を大きな目標とされているそうです。
 
2020年、
中西選手は35歳。
アスリートとしてはかなり厳しい年齢であることは間違いないとは思いますが、
中西選手ならやってくれそう!
 
今後の中西選手の活躍に
注目していきたいと思います!
 
最後までお読みいただき、
ありがとうございましたm(_ _)m
 
 

 

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