村田浩明(横浜野球部監督)の経歴は?エピソードや過去映像も

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今年は春がいつまでたってもやって来ず、
ずっと冬が続いているようです。
なぜなら、
選抜高校野球が中止 になったから。。。。
 
物心ついてからずっと、
春の訪れを知らせてくれるのは甲子園球場での球児たちの躍動でした。
それがないというのは、
違和感半端ありません
 
練習さえもままならない今、
一番過酷なのは間違いなく選手たちだと思いますが、、、
希望を捨てず、頑張って欲しいですね。。
 
そんな高校野球界から、
気になるニュースが一つ。
4月1日付けで、
あの名門・ 横浜高校 野球部に 新監督 として 村田浩明(むらた・ひろあき) 氏が就任しました。
 
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まだ若々しい、
爽やかな印象の方ですね^^
 
いったいどんな経歴を持った人なのでしょうか?
色々と調べてみたいと思います。
 

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村田浩明のプロフィールや経歴は?

 

 
村田浩明(むらた・ひろあき)
 
1986年 神奈川県生まれ
 
川崎北シニアー横浜高ー日体大ー霧ヶ丘高部長ー白山高監督ー横浜高監督
 
右投げ右打ち
 

 
村田氏は 1986年 神奈川県生まれ。
名門・川崎北シニア で強肩強打の捕手として活躍、
川崎北シニアの卒団生で有力な選手は同じ神奈川の名門・東海大相模に進学することが多いそうなのですが、
横浜の当時の野球部長・小倉清一郎 氏がスカウトして横浜高に進学。
 
2年生の頃には正捕手として、
1学年上の 成瀬善久 投手(元千葉ロッテ・現栃木ゴールデンブレーブス)、
同級生の 涌井秀章 投手(現楽天)とバッテリーを組み 選抜高校野球大会準優勝
3年生の時には主将として 全国高校野球選手権大会 でチームを ベスト8 に導きます。
 
高校卒業後は 日体大 へ進学。
1年生時から試合に出場するなど活躍しましたが、
大学後半は故障もあり、
プレイヤーとしての道は断念。
神奈川県の保健体育科の教師として、
霧ヶ丘高校野球部長 を4年間努めたあと 白山高校 に赴任。
監督としてチームを公立校ながら激戦区の 神奈川県大会ベスト8 まで導きました。
 
今回、
横浜高校からの監督就任依頼に非常に悩んだそうですが、
公務員という立場を捨て 「育ててもらった母校のため」 就任を決意。
この4月から横浜高校の新監督としてチームを率いています。
 

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村田浩明の過去映像

 
YouTubeに現役時代の村田氏が出場している試合の映像が上がっていましたので観てみましょう。
 
まずひとつ目は、
村田氏が2年生の時、
第75回全国選抜高校野球大会 準決勝・徳島商業戦。
 

 
後に千葉ロッテマリーンズ等で活躍する成瀬投手から9回には現楽天の涌井投手にリレー。
村田氏は二人の好投手を巧みにリードし、
チームの決勝進出を導いています。
 
7:20では難しいところへ飛んだフライをキャッチ。
7:50の強肩も素晴らしいですね。
 
もう一つは翌年、
村田氏が主将となって戻ってきた 第86回全国高校野球選手権大会 3回戦、
明徳義塾高戦。
 

 
横浜と明徳といえば言わずもがな、
幾多の名勝負を繰り広げてきたライバル同士ですが、
この試合も非常に見応えのある好ゲーム!
 
この試合は先発マスクを後に中日で活躍する当時一年生の 福田永将 選手に譲りましたが序盤から途中出場。
涌井の粘投をリードしました。
 
7回には先頭打者としてライト前へヒットを放ち(15:13)、
押出しで同点のホームを踏んでいます。
 

村田浩明のエピソード

 
霧ヶ丘高校で野球部長を4年間経験し、
白山高校で監督としてのキャリアをスタートした村田氏。
 
就任初日に集まった野球部員はなんと 4人
しかも長髪にピアス、
足元はローファーという、、、、
横浜高校という強豪校で高校時代を送った村田氏から見れば、
およそ考えられない、
あり得ない野球部だったことでしょう。
 
しかし、
打撃投手として 1日800球 を投げ、
授業の合間にグランドの雑草を抜きグラウンド整備をする村田氏に徐々に生徒たちがついていき、
2014年の春には県一勝、
2018年夏には初の ベスト8 進出を果たしました。
 
白山高校は県立高校なので私立高校ほど予算がなく、
ブルペン はなんと村田氏のお手製、
照明は 100均でLEDライト を買ってきてみんなで作ったそうです。
 
なんだかドラマのようなエピソードですよね。
 
高校3年の夏、
村田氏は背番号2ではありましたが、
正捕手の座は事実上、
中学時代に全日本の4番を務め鳴り物入りで入学した一年生の福田選手に奪われていました。
しかし、
腐ることなく主将としてチームをベスト8に導いた村田氏。
大学時代も故障に泣き、
後半はベンチを温めることが多かったそうです。
いわゆる 「挫折」 を身をもって味わっている村田氏。
それだけに単なる野球エリートではない強さや、選手の痛みがわかる優しさを持った方ではないかと思います。
 
全国屈指の強豪校であり、
甲子園で高校野球史に残る多くの名試合を繰り広げてきた伝統校だけに、
監督としてのプレッシャーは並々ならぬものがあると思いますが、、、
 
横浜高でどんな指導をし、
どんな手腕を振るってくれるのか、
今後の活躍が非常に楽しみです!
 
 
2020年4月現在、
コロナウイルスの勢いは未だ衰えず、
選手権大会、
いわゆる夏の甲子園大会の開催も正直なところ危ぶまれていますが、、、
 
なんとかコロナに収束して、
夏こそは球児たちの躍動する姿を見たい ですね!
 
最後までお読みいただき、
ありがとうございましたm(_ _)m
 
 

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